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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
この事は些細ながらに岸本の心を悦ばせた。彼女の顔の淡いよそおいは、こころよく岸本の忠告を容れたのであるから。それがまた今までに比べてどれ程彼女を自然にしたか知れなかったから。同時に彼は老い行こうとするものの心づかいが知らず識らずの間にこんな忠告の形を取ってあらわれて来たことを考えて、なるべく彼女の目立たないようにとは、その実自分の嫉妬であることを心に恥じない訳に行かなかった。どうかするとその心は、年若な人達に接触する機会を持った彼女の境遇に向わないでは無かった。でもその嫉妬は軽く通過ぎて行ってしまうような、そんな程度のものであった。ある時、彼は節子の前に、その心を話して見る折を持ったことも有った。
「俺のところへは随分いろいろな女の人が訪ねて来るぜ。お前はそれでも気に成らないかね」
と彼の方で串談半分に言出して見た時でも、節子は苦笑して取合わなかった。
「こういう心持には嫉妬は附き物なんだ。別にそんなものの起って来ないところは不思議じゃないか」
と彼の方で言うと、節子は例の調子で、
「そんな余裕が無いんでしょうに……」
と答えたこともあった。
節子が一切をささげて岸本に随おうとする心は、それが彼にもよく感じられた。