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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
八十
「お前は何時までも俺のものかい」と彼の方で訊いた時に、「ええ何時までも」と答えた通り、彼女はすでにすでに岸本のものであった。それにも関らず、求めても求めても得られない愛着の切なさは、自分のものでありながら自分のもので無いと思う節子をどうすることも出来なかった。夜になると、寂しいところにある彼のたましいはよく節子の名を呼んだ。彼女は自分と共にある、自分もまた彼女と共にあるだろうか、そんなことを思いながら独り寝た。どうかすると彼は半分夢のように、自分の耳の底の方で優しいささやくような声を聞いた。
「わたしの旦那さん」
熱心にその声を探そうとする度に何物も彼の腕の中には無かった。唯彼の手は空虚を掴んだ。
八十
義雄兄の家族と分離してから以来岸本が祖母さんを借り久米を借りして始めて見た簡易な生活も半年ばかり続いた。岸本の方に無くて叶わぬ祖母さんは、兄の方にも無くて叶わぬ家庭の調和者で、そうそう長く高輪の家に引留めて置けない事情が起きて来た。岸本がこの祖母さんを失うのは、自分の家から中心の人を失うに等しかったのみならず、彼は折角自分の許へ勉強するつもりで来てくれた久米に対しても、とかく子供等のために煩わされ勝ちなのを気の毒に思うように成った。