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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
八十八
下宿に移ってからの岸本は、子供の身の辺の世話から言っても、女の手を煩わしたいと思うことが多かった。その意味から言っても高輪の方に暮した時と同じように土曜日毎に来る節子が彼に取っては可成の手伝いに成った。しかし彼は暑中の間、節子に通って来て貰う度数を減そうとした。月に二度しか彼女を見ないことにした。どうかして彼はもっと自分の精神の動揺が沈まるのを待とうとした。
八十八
岸本は節子に珠数を贈った。幾つかの透明な硝子の珠をつなぎ合せて、青い清楚な細紐に貫通したもので、女の持つ物に適わしく出来ていた。彼が移り住んだ下宿の界隈は増上寺を中心にした古い寺町で、そういうものを容易く手に入れられるような位置にもあった。価も安く求められたのであった。
この簡素な、しかし心を籠めた贈物はひどく節子を悦ばせた。彼女がそれを納めて帰ったのは七月の半ば頃に愛宕下へ訪ねて来た時で、丁度岸本もしばらく彼女から離れているくらいにして旅行記の稿を継ごうとしていた頃であった。後でよこした彼女の手紙の中には、大変好い物を貰った、谷中へ帰ってからも幾度となくそっと掛けて見たということが書いてあった。