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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
百十一
これは節子が最近の心の消息を伝えた歌だ。彼女は岸本の一切を所有し、岸本はまた彼女の一切を所有した。しかし二人とも何物をも所有してはいなかった。
最早岸本は何処に節子を置いても可いという気がした。節子の精神が独り立ちの出来るまでに彼女を養い育てたという気もした。若い若いと思っていた節子が既に二十六にも成る。もし彼女の将来の望みが宗教生活を送るというにあるならば、岸本は今まで毎月彼女を補助して来たようにこれから先も彼女の衣食に事を欠かさないようにして、どうかして彼女の望みを遂げさせたいと思った。
百十一
岸本が病院まで手紙を書いて持って行った心は到頭嫂には届かずじまいであったろうか。そうでもなかったことを岸本はあの嫂が亡くなった後になって知った。義雄兄が嫂の遺骨を携えて郷里の方へ出掛ける前に、兄の口からその話が出て、「叔父さんから手紙が来てる、あの手紙は人が見ると不可、焼いてしまえ」と嫂は言い遺したとか。して見ると矢張自分の心が届かないではなかった、とそう岸本は独りで自分を慰めた。
岸本は義雄兄にも黙って、眼に見えない暗い牢屋を出るつもりであった。あの兄の心に背いても節子を捨てまいと考えた時に、既にもう岸本は兄との別れ路に立たせられたことを感じたのであった。