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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

多年彼が志した学芸そのものすら荒れ廃れた。書棚の戸を開けて見た。そこには半年の余も溜った塵埃が書籍という書籍を埋めていた。壁の側に立って見た。そこには血が滲んでいるかと思われるほど見まもり疲れた冷たさ、恐ろしさのみが残っていた。

遠い外国の旅――どうやらこの沈滞の底から自分を救い出せそうな一筋の細道が一層ハッキリと岸本に見えて来た。何よりも先ず彼は力を掴もうとした。あの情人の夫を殺すつもりで過って情人を殺してまでも猶かつ生きることの出来たという文覚上人のような昔の坊さんの生涯の不思議を考えた。そこからもっと自己を強くすることを学ぼうとした。一歩も自分の国から外へ踏出したことの無い岸本のようなものに取っては、遠い旅の思立ちはなかなか容易でなかった。七年ばかり暮しつづけているうちにまるで根が生えてしまったような現在の生活を底から覆すということも容易ではなかった。節子や子供等をもっと安全な位置に移し、留守中のことまでも考えて置いて、独りで家庭を離れて行くということも容易ではなかった。それを思うと、岸本の額からは冷い脂のような汗が涌いて来た。

しかし、不思議にも岸本の腰が起った。