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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

三十六

この愛子のこころざしを岸本は有難く受けた。

「そう言えば叔父さんの髪の毛は――」と愛子は驚いたように岸本の方を見て言った。「まあ、白くおなんなすったこと。この一二年の間に、急に白くおなんなすったようですね」

「そうかねえ、そんなに白くなったかねえ」

岸本は笑い紛わした。

この「根岸の姉さん」の前で見る時ほど、節子の改まって見えることは無かった。それは節子にのみ限らなかった。姉の輝子とても矢張その通りであった。同じ岸本を名のる近い親類でも、愛子と節子姉妹の間には女同志でなければ見られないような神経質があった。のみならず、節子は見る人に見られることを恐れるかして、障子のかげの炬燵の方にとかく愛子を避け勝ちであった。

「君ちゃんの許へ一つ送ってやって貰いましょうか」

と言いながら、岸本は亡くなった長女の形見として箪笥の底に遺ったものを愛子の前に取出した。罪の深い叔父は、自分の女の児を引取って養おうと言ってくれる一人の姪の手前をさえ憚った。

三十六

住慣れた町を去る時が来た。泉太や繁の母親が生きている頃と殆ど同じようにして置いてあった家の内の諸道具も、柱の上から古い時計を一つ下し、壁の隅から茶戸棚一つ動かしする度に、下座敷の内の見慣れた光景が壊れて行った。