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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
そうした外観の華かさは一層彼を不安にした。断らなくても好いような人にまで、何故彼は両国の附近から場末も場末も荏原郡に近い芝区の果のようなそんな遠く離れた町へわざわざ家を移したかということを断らずにはいられなかった。先方から別に尋ねられもしないのに、高輪は彼が青年時代の記憶のある場所であること、足立や菅などの学友と一緒に四年の月日を送ったのもそこの岡の上にある旧い学窓であったことを話した。その学窓の附近に極く平民的な大地主の家族が住むことを話した。その家族の主人公にはまだあの界隈に武蔵野の面影が残っている頃からの庄屋の徳を偲ばせるに足るものがあることを話した。そのめずらしく大きな家族によって、私立の女学校と、幼稚園と、特色のある小学校が経営されていることを話した。彼はその小学校がいかにも家族的で、自分の子供を托して行くには最も好ましく考えたかを話した。そして、その学園の附近を択んで自分の留守宅を移したことを話した。
毎日のように岸本は旧馴染の高台を下りて、用達に出歩いた。下町の方にある知人の家々へもそれとなく別れを告げに寄った。時には両国の方まで行って、もう一度隅田川の水の流れて行くのが見える河岸に添いながら、ある雑誌記者と一緒に歩いたこともあった。