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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

貴様の方からの注意もあったし、まあ大抵の物は郷里の方へ預けることにして、要る物だけを荷造りして送った。俺も名古屋から出掛けて行ってね。すっかり郷里の方の家を片付けて来た。『捨様も外国の方へ行かっせるッて――子供を置いて、よくそれでも思切って出掛る気に成らッせいたものだ』なんて、田舎の者が言うから、人間はそれくらいの勇気がなけりゃ駄目だッて俺がそう言ってやった」

義雄は相変らずの元気な調子で話した。次第に岸本の頭は下って行った。彼は兄の言うことを聞きながら自分の掌を眺めていた。

「俺の家でも皆東京へ出ると言うんで、村のものが送別会なぞをしてくれたよ。嘉代(節子の母)もね、なんだか気の弱いことを言ってるから、そんなことじゃダチカン。兄弟が互いに助け合うというのはわれわれ岸本の家の祖先からの美風ではないか。それに捨吉の方ばかりじゃない、俺の家でもこれから発展しようというところだ。そう言って俺が嘉代を励ましてやった。まあ見ていてくれ、貴様が仏蘭西の方へ行って帰って来るまでには、俺も大いに雄飛するつもりだ――」

気象の烈しい義雄がこんな風に話すところを聞いていると、とても岸本は弟の身として節子のことなぞを言出す機会は無いのであった。