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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
もうどうにもこうにも遣切れなくなって、そんなことを思いついた。彼が自分の部屋にジッと孤坐ったぎり終には身動きすることさえも厭わしく思うように成った二階から無理に降りて来て、毎朝早く小舟を出したのもその河岸だ。どうかすると湖水のように静かな隅田川の水の上へ出て、都会の真中とも思われないほど清い夏の朝の空気を胸一ぱいに吸って、復た多くの荷船の通う中を漕ぎ帰って来たのもその石垣の側だ。
「岸本さん」
と呼びかけて彼の方へ歩いて来る一人の少年があった。河岸の船宿の総領子息だ。
「こう寒くちゃ、舟もお仕舞だね」
と岸本も忸々しく言った。彼は十五六ばかりになるその少年を小舟に乗る時の相手として、よく船宿から借りて連れて行った。少年ながらに櫓を押すことは巧みであった。
船宿の子息は岸本の顔を見ながら、
「貴方のとこの泉ちゃんには、よく逢いますよ」
「君は泉ちゃんを知ってるんですか」と岸本が言った。彼はその少年の口から自分の子供の名を聞くのをめずらしく思った。
「よくこの辺へ遊びに来ますよ」
「へえ、こんな方まで遊びに来ますかねえ」
と岸本は漸くその年から小学校へ通うように成った自分の子供のことを言って見た。