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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
小ルュキサンブウルの並木を前にして二人ともよく行って腰掛ける気の置けない店があった。そこが岡の言う「シモンヌの家」だ。
店先には葡萄酒の立飲をしている労働者風の仏蘭西人も見えた。帳場のところに居た主婦は親しげな挨拶と握手とで岡を迎えた。
奥にはテエブルを並べた一室があった。岡と岸本とがそこへ行って腰掛けようとすると、二階の方から壁づたいに階段を降りて来る十六七ばかりの娘があった。パアクの祭の日らしく着更えた仏蘭西風の黒い衣裳は、瘠ぎすで、きゃしゃなその娘の姿によく似合って見えた。娘は岡の側へ来て、微笑を見せながら白い処女らしい手を差出した。それから岸本のところへも握手を求めに来た。この娘がシモンヌであった。
岸本が知っているかぎりの美術家仲間はよくこの娘の家へ集まった。その中でも岡はしばしば画室の方から足を運んで来て、この家の亭主を見、主婦を見、両親の愛を一身にあつめているようなシモンヌを見ることを楽しみにして、部屋のテエブルの上に注文したコニャックの盃などを置きながら、そこで故郷への絵葉書を書いたり手紙を書いたりした。悲哀の持って行きどころのないようなこの画家は、あいびきする男女の客や人を待合せる客のためにある奥の一室を旅の隠れ家ともして、別れた意中の人の面影を僅に異郷の少女に忍ぼうとしているかのよう