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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
書記の家の門前に立って鉄の扉を押すと、例の飼犬が岸本を見つけて飛んで来たが、最早吠えかかりそうな姿勢は全く見せなかった。
老婦人は草花の咲いた庭に出ていて、家の入口の正面にある広い石階の近くに幾つかの椅子を置き、そこで客を待っていた。その辺には長い腰掛椅子も置いてあった。ところどころに樹の葉の影の落ちている午後の日の映った庭の内で、岸本は老婦人や細君や茶に招かれて来ている婦人の客などと一緒に成った。仏蘭西の婦人を細君にする露西亜の音楽家という夫婦にも引合わされた。
「私も、もう岸本さんにお目に掛れまいかと思いましたよ。こんなに丈夫に成ろうとは自分ながら夢のようです」
それを老婦人は岸本に言って聞かせた。
半死の病床から再び身を起した老婦人が相変らず古風な黒い仏蘭西風の衣裳を着け、まだいくらか自分で自分の年老いた体躯をいたわり気味に庭の内を静かに歩いているのを見ることは、岸本に取っても不思議のように思われた。彼はこの老婦人が財産を皆に分けてくれ、遺言までもした後で、もう一度丈夫に成ったその手持無沙汰な様子を動作にも言葉にも看て取った。そればかりではない、しばらく話しているうちに、彼はこの家の人達に取ってある真面目な問題が起っていることを知った。