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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
最早巴里包囲は免れぬらしい。敵の騎兵は八十キロメエトルの処まで来ている。昨夜一同集合して最終の相談をして、今日の具合で英国へ渡れなければリオンに一同出発する。今日の中にはとにかく巴里を出る。かかる訳で君等の荷物も、無論吾儕のもそのまま置捨てることにした。ああ巴里も、わが巴里も、遂に独逸の奴原に蹂躙せらるるのか。小シモンヌが涙ぐんだのを見て巴里を離れるのは慚愧を感ずる。僕には此処は旅の土だ。彼等には墳墓の地だ。感慨無量だ」
巴里から同行した美術家仲間はこの手紙を見てリオンへ向けて発って行った。リモオジュには牧野と岸本だけが残った。三日ばかり経つと、巴里から最終の報告が来た。それを読んで岸本は巴里の天文台及びモン・パルナッスの附近にあった二十一人の同胞を一組とした絵画彫刻科学等の方面の人達が思い思いにあの都を立退いたことを知った。十一人は英国へ。一人は米国へ。二人はニスへ。一人はリオンへ。ディエップ行の列車も明日の朝の三時が最後だとか一歩遅れれば籠城の外はないと言われる中にあって、倫敦へと志した人々があるいはアーヴル経由か、あるいはブルタアニュのサン・モアかと、戦乱を避け惑うた光景がその報告で想像された。