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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
などとしてある父の手蹟を見る度に、郷里の方に居る厳しい父の教訓を聞く気がしたものであった。覚束ないながらも岸本が郷里へ文通するように成ってから、父はよく彼の許へ手紙をくれた。彼の上京後も父は断えざる助言者であった。彼はまた学校の作文でも書くように父へ宛てて書いたが、田辺の小父にそれを見せろと言われた時はよく顔が紅くなった。この田辺の家へ父が一度郷里の方から出て来た時のことは、岸本に取って忘れ難い記憶の一つであった。父は旅の毛布やら荷物やらを田辺の家の奥二階で解いて、そこで暫時逗留した。郷里に居る頃の父はまだ昔風に髪を束ねて、それを紫の紐で結んで後の方へ垂れているような人であったが、その旅で初めて散髪に成った話などした。「あれはああと、これはこうと――」そんなことを独語のように言っては、自分の考えを纏めようとするのが父の癖であった、父は旅の包の中から桐の箱に入った鏡なぞを取出した時に、「お父さん、男が鏡を見るんですか」と彼の方で尋ねると、父は微笑んで、鏡というものは男にも大切だ、殊に旅にでも来た時は自分の容姿を正しくしなければ成らないと話したこともあった。