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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

ある。今は台湾の方で民助兄と一緒に暮している嫂が父の日常のことをよく知っていて、曾て東京の根岸の家でその話を岸本にして聞かせたことも有った。「お父さんの癇の起らない時には、それは優しい人でしたよ。子供に灸一つすえられないような人でしたよ」と嫂は話してくれた。

この嫂を通して、岸本は父が最後に座敷牢で送った日のことを聞いた。幻を真と見る父の感覚は眼に見えない敵のために悩まされるように成って行った。「敵が攻めて来る。敵が攻めて来る」と父はよく言ったとか。その恐ろしい幻覚から、終には父は岸本家の先祖が建立したという村の寺院の障子へ火を放とうとした。それが父の牢獄にも等しい部屋の方へ趨く最初の時であった。日頃柔順な子として聞えた民助兄も余儀なく父の前に立って、御辞儀一つして、それから村の人達と一緒に父を後手に縛りあげた。父のために造った座敷牢は裏の木小屋にあった。そこは老祖母さんの隠居部屋と土蔵の間を掘井戸について石段を下りて行ったところにあった。前には古い池があり、一方は米倉に続き、後には岸本の家に附いた竹藪が茂っていた。そこで父は最後の暗い日を送った。