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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

マロニエの並木の芽も一息に延びそうな、何となく三月らしい日暮方であった。七時の夕飯まではまだ間があった。岸本は牧野の画室で引出された心持や、若い時分の友達のことや、それに連れて一緒に胸に浮んで来るあの勝子のことなぞを思いながら、底暖かい町の空気の中を自分の下宿の方へ帰って行った。

「今だに盛岡のことなぞをよく思い出すところを見ると、矢張あの人には女らしい好いところが有ったんだナ」

道すがら岸本はそれを言って見た。盛岡とは勝子の生れた郷里だ。伝馬町とか、西京とか、昔はよく市川や菅などと一緒になる度にはそんな符牒が出たものだ。

岸本が岡の落胆を思いやる心は、やがて勝子の結婚を聞いた時の昔の自分の心だ。確かにそれは若い時の彼に取って打撃であった。見知らぬ新婚の夫婦なぞを町で見かけたばかりでも彼の若い心は傷んだ。しかし勝子の死を聞いたことは、それよりも更に大きな打撃であった。彼女は結婚して一年ばかり経った後、妊娠中のつわりとやらで、まだ女の若いさかりの年頃で亡くなった。その話を聞いた時の彼には、何となくそこいらが黄色く見えて、往来の土まで眼前で持上るかのようにすら感じられた。