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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
「国の方ではどういうものが僕等を待っていてくれますかサ」牧野を見る度に、岸本はそれを言わずにはいられなかった。
「留守宅でも困っているんじゃないかと思うんです。帰って行って見たら、第一その心配をしなけりゃ成るまいかと思うんです」
こう岸本は日頃めったに牧野の前で言出したことも無い自分の留守宅の方の噂をすると、骨の折れる旅を続けて来た牧野はそれを聞いて点頭いて見せた。
「二度とこういう旅をしようとは思いませんね」
牧野を前に置いて、岸本はつくづく辛いことの多かった過ぐる三年近くの月日を思い出したように嘆息した。
それが下宿の部屋で牧野を見る最終の時であった。岸本は旅館の方へ行ってから、ほんとうに旅支度を調えたいと思った。いよいよ頼んで置いた辻馬車が町の並木の側に来て、仮に纏めた荷物を送出すという前に、岸本は苦い昼寝の場所であった部屋の寝台の側へも行き、冷い壁にかかる銅版画のソクラテスの額の下へも行き、置戸棚の扉に張りつけてある大きな姿見の前へも行った。その部屋を去る頃の彼の髪は自分ながら驚くほど白くなっていた。
五
最早岸本は巴里にじっとしている在留者でなくして帰国の途に上りかけている旅行者であった。