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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
一家族して国の方へ帰って行こうとする人達だ。岸本と前後して巴里を発って来た人達だ。いずれも籠城同様の思いをした開戦当時からの同じ記憶に繋がれている人達だ。
「子供を連れての旅は容易じゃないね」
と岸本はその夫婦の客のことを牧野に言って見た。二人までも幼い人達を道連に加えたことは、一層岸本の心に遠い旅立らしい思いをさせた。
到頭岸本はテエムズの河口を出て行く汽船の甲板の上に、帰国の途に就く旅人としての自分を見つけた。海は最早巴里の客舎で思出して見たり、想像に描いて見たりして、それを無聊な時の心やりとしたような遠いところにあるものでなく、実際に彼の眼前を通過ぎる赤黒い英吉利風の帆、実際に彼の方へ近く飛んで来る海の鴎の群、実際に波の動揺に任せている沈没した船の帆柱煙筒であった。懐しい故国も最早遠い空のかなたにのみある夢想の郷ではなくて、一日々々と近づいて行こうとする実際の陸であった。艫寄りの甲板の欄の側に立って、そこから大きな煙筒の方を望むと、さかんな黒い煙が凄じい勢いで噴出している。あだかも羽翼をひろげた黒い怪鳥が一羽ずつそこから舞い起つかのように見える。