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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

「旦那さん、お粂ちゃんの父さんが参りましたよ」

と婆やが楼梯の下のところへ来て呼んだ。お粂ちゃんとは、よく岸本の家へ遊びに来る近所の針医の娘の名だ。

頼んで置いた針医が小さな手箱を提げて楼梯を上って来た。過ぐる年の寒さから岸本は腰の疼痛を引出されて、それが持病にでも成ることを恐れていた。自分の心を救おうとするには、彼は先ず自分の身から救ってかかる必要を感じていた。

「あんまり坐り過ぎている故かも知れませんが、私の腰は腐ってしまいそうです」

こんなことをその針医に言って、岸本は家のものの手も借りずに書斎の次の間から寝道具なぞを取出して来た。それを部屋の片隅によせて壁に近く敷いた。

「やっぱり疝の気味でごわしょう。こうした陽気では冷込みますからナ」と言いながら針医は手にした針術の道具を持って岸本の側へ寄った。

ぷんとしたアルコオルの香が岸本の鼻へ来た。背を向けて横に成った岸本は針医のすることを見ることは出来なかったが、アルコオルで拭われた後の快さを自分の背の皮膚で感じた。やがて針医の揉込む針は頸の真中あたりへ入り、肩へ入り、背骨の両側へも入った。

「痛」

思わず岸本は声をあげて叫ぶこともあった。