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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
白い扇子をパチパチ言わせながら、「世が世なら伝馬の一艘も借りて押出すのになあ」と嘆息する甥の太一が居る。まだ幼少な泉太は着物を着更えさせられて、それらの人達の間を嬉しそうに歩き廻っている。皆を款待そうとする母親に抱かれて、乳房を吸っている繁もそこに居る。両国の方ではそろそろ晩の花火のあがる音がする――
これは園子がまだ達者でいた頃の下座敷の光景だ。岸本はその頃のさかりの園子を、女らしく好く発達した彼女を、堅肥りに肥っても柔軟な姿を失わない彼女の体格を、記憶でまだありありと見ることが出来た。岸本はまたその頃の記憶を階下から自分の書斎へ持って来ることも出来た。独りで二階に閉籠って机に向っている彼自身がある。どうかするとその彼の背後へ来て、彼を羽翅で抱締めるようにして、親しげに顔を寄せるものがある。それが彼の妻だ。
園子はその頃から夫の書斎を恐れなかった。画家のアトリエというよりは寧ろ科学者の実験室のように冷く厳粛なものとして置いた書斎の中に、そうして忸々しくいられることを彼女は夢のようにすら楽しく思うらしかった。岸本が彼女に忸々しく仕向けたことは、必とその同じ仕向けでもって、彼女はそれを夫に酬いた。