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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

久し振で姉さんの家にゆっくりして見ますかナ――」

「ええ。可いどころじゃない」

岸本は嫂とこんな言葉をかわして旅行先の宿屋にでも身を置いたようにホッと息をした。

「捨吉。まあ、二階で話すサ」

と言い捨てて兄が梯子段を昇って行った後でも、しばらく岸本はその部屋に居残って旅人のような気軽さを味おうとした。硝子戸越しに射して来ている午後の日あたりを眺めると、最早何処の家でも冬籠りらしかった。狭い町中の溝を流れる細々とした水の音が硝子戸の直ぐ外から聞えて来ていた。岸本はその部屋に居ながら、兄の家の格子戸の音かと聞違えるような向いの家の格子戸の音を聞くことが出来、勝手を出たり入ったりして母親を助けながら働いている節子の家庭的な日常の様子を見ることも出来た。祖母さんの若い時分からあるという古い箪笥の上には、節子が読みさしの新約全書なぞも置いてあった。その黒い表紙のついた小形の聖書は彼女に読ませるつもりで岸本から贈ったものだ。節子は用事のないかぎり叔父の側へ来ようともしなかったが、親しみの籠った彼女の無言は人知れず岸本の方へ働いて来た。

六十三

「節ちゃん、お前の部屋を借りても可いかね」