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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
その声は大きな打消の声というでもなく、寧ろ細々とした小さな耳の底にささやくような声ではあったけれども、その小さな声に幻滅的な心持を誘われるものがあった。その声は彼に訊いた。学問や芸術と女の愛とが両立するものだろうか。帰国以来再会した節子と彼との間に起って来たことも結局互の誘惑ではなかったか。二人の結びつきは要するに三年孤独の境涯に置かれた互の性の饑に過ぎなかったのではないか。愛の舞台に登って馬鹿らしい役割を演ずるのは何時でも男だ、男は常に与える、世には与えらるることばかりを知って、全く与えることを知らないような女すらある、それほど女の冷静で居られるのに比べたら男の焦りに焦るのを腹立しくは考えないかと。こうした声から誘われる心持は、節子のためと考えている一切の重荷や、眼に見えない迫害の力のために踏みにじらるることや、耐えに耐えている心の痛憤や、それらのものをどうかすると堪えがたくはかなく味気なく思わせた。
まだ彼は節子のような年少な女が自分に向って彼女の柔かな胸をひろげて見せたことを不審に思わずにはいられなかった。彼は年少な節子の機嫌を取ろうとするような自分の姿を見つける度に言いあらわしようのない腹立しさを感じた。