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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

しばらくお前の画も見ない。大阪へ行く前に、桃の花でも描いて置いてってくれないか。そのつもりで俺はあの真中の板をあけて置いた」

と復た岸本は言って三尺ばかり長さのある三枚の蓋を裏返しにして、それを愛子の前に並べた。身のまわりの人に頼んで一筆ずつ書いて貰ったものがその蓋の左右にあった。岸本は左の板の方に特色のある細い女らしい筆で芭蕉の句を書きつけた久米の字を指して見せた。右の板の方には太い筆で書いた節子の字があった。節子の書いたのは、二十代でこの世を去ったある人の遺した七言絶句であった。

「へえ、節ちゃんの書いた字はまるで男のようですね」

と言う愛子と一緒に、岸本はその素木の檜木板に眺め入った。

「節ちゃんも字は達者に成ったね――なにしろ毎日々々お父さんの代筆をさせられてるんだから」

と彼は言って、ふとあんな文句の見つかったのを節子の来た時に書いて貰ったという話をした。その時節子はこんなものを書いたことが無いという風で、祖母さんの居る部屋の方へ持って行って書いて来たが、出来上ったところを見るとあんな風に少し曲ったという話をもした。彼はその若々しい文句を漢詩の形で遺した人がまだ世にある頃には、愛子なぞが幾歳ぐらいの幼い娘であったろうと想って見た。