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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
高輪も終に近いかと思えば名残惜しいとして、最近に節子から貰った手紙の中に書添えてあった歌だ。尤も、彼は下手にそんな文句を言出したりなぞして、彼女の顔を紅めさせるでもあるまいと思い、それを彼女の前で口吟んで見ることはしなかった。
「椿がよく咲いていますね」
と言う節子と一緒に、やがて岸本は縁側から庭へ降りて見た。細くて、しかも勁い椿の枝の下の方には、大輪な紅い花が葉と葉の間にいくつとなく咲き乱れていた。そっくり花弁の形をそなえたまま庭土の上に落ちたのもあった。岸本は名残惜しそうな眼付をした節子をその椿の樹の下あたりに見た。
「どうだね、お前の髪にでも挿して見たら」
と岸本が言ったので節子は彼方是方と蕾を探したが、彼女の取ろうとするのはいずれも彼女の手の届かないところにあった。その時、岸本は節子の手が椿の枝に触れるほどの位置にまで彼女の身体を抱きあげてやるようなユウモアのある心持に成った。
節子はめずらしく快活な、抑えきれないような笑声と共に庭へ降りて来た。彼女は折取った紅い椿の蕾を一寸髪に宛行って見せたのみで、別にそれを挿そうとはしなかった。しばらく岸本は縁側に腰掛け、自分の側に節子をも腰掛けさせて、正午近い春の日が庭土の上にあたっているのを眺めながら二人ある静かさを楽しもうとした。