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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

漸く岸本は自分の情熱の支配者であることが出来た。そのために煩わされるということが無くなった。彼は中野の友人が訳した歌のこころを、愛しようとするものと愛されようとするものの合致から流れて来る音楽として想像して見た。深い「生」の舞踏として想像して見た。その舞踏は陶酔そのものとも言いたいほど乱れ狂う「スコッチッシ」のそれではなくて、寧ろ片手は互の指を組み合せ、片手は互の身体を軽く抱き、足並を揃えて極く静かに踊る「タンゴオ」の境地として想像して見た。どうやら彼はその音楽を見つけることの出来るような愛の世界に辿り着いた。学問や芸術と男女の愛とは果して一致するものだろうかというような疑いに苦しむ必要も漸く無くなって来た。どうかすると節子は彼の見ている前で、帯の間から櫛なぞを取出して、彼女の額に垂下る髪をときつけたり、束ねた髪のかたちを直したりするほどの親しみを見せる。彼はその濃い光沢のある髪を見た眼を直ぐ書籍の上に移すことも出来、その女らしいしなやかな表情を側に置いて自分の仕事を十分に思考することも出来るように成った。

その日は、節子は実際に宗教生活に入って行く心支度を始めねば成らないような話をして、彼女の前途の事なぞを語り暮した。