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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
一方の窓によせて室咲の草花の鉢が置いてあったが、それは病人を慰めるために節子が買って持って来たものと知れた。
未だ節子は谷中からやって来なかった。岸本は病人の欲しがる氷を枕頭の容器から匙で飲ましたりなぞして、時には気息の籠った窓の硝子を開けに行った。三月の二十日頃の日あたりがその病室の外にあった。窓に近く紅い芍薬の芽の延びて来ているのが岸本の眼についた。もう春だ。庭のあちこちには、患者等の楽しげに散歩しているのも見えた。さまざまな心持がその時窓の側に立つ岸本の胸に帰って来た。何故義雄兄はこの嫂にまで自分等の秘密を隠したろう、仮令義雄兄はそう考えたところで何故節子までが母親だけに打明けて詫びるということをしなかったろう、とよく異郷の旅の空で胸に浮べた心持が帰って来た。もう一度故国を見得るの日が来たら、せめて嫂だけには打明けよう、そしてこれまでのことを詫びよう、とそう考えて帰国の途に上った時の心持も帰って来た。
その心で岸本は寝台の方を見た。一切を皆の前に曝け出そうと志しているほどの自分が、死んで行く人に何を隠して置こう、所詮嫂は助かりそうも無い人だ、この病人の気の確かな中に言おう――この考えがしきりに岸本を促した。