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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
曾て彼の眼に映った暗い波のかわりに、今は四つ並んだ墓が彼の眼にある。曾て彼の眼に映ったものは実際に彼の方へ押寄せて来た日暮方の海の波であって、今彼の眼にあるものは幻の墓ではあるけれども、その冷たさに於いては幻はむしろ真実に勝っていた。三年も彼が見つめて来た四つの墓は、さながら暗夜の実在のようにして彼の眼にあった。岸本園子の墓。同じく富子の墓。同じく菊子の墓。同じく幹子の墓。彼はその四つの墓銘をありありと読み得るばかりでなく、どうかすると妻の園子の啜泣くような声をさえ聞いた。それは彼が自分の乱れた頭脳の内部で聞く声なのか、節子の居る下座敷の方から聞えて来る声なのか、それとも何か他の声なのか、いずれとも彼には言うことが出来なかった。その幻の墓が見えるところまで堕ちて行く前には、彼は恥ずべき自己を一切の知人や親戚の眼から隠すために種々な遁路を考えて見ないでもなかった。知らない人ばかりの遠い島もその一つであった。訪れる人もすくない寂しい寺院もその一つであった。しかし、そうした遁路を見つけるには彼は余りに重荷を背負っていた。余りに疲れていた。余りに自己を羞じていた。