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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
義雄の話は何時でも簡単で、そしてテキパキとしていた。
十年振りで帰国した鈴木の兄の噂、台湾の方の長兄の噂などにしばらく時を送った後、義雄は用事ありげに弟の許を辞し去る支度した。仮令この兄の得意の時代はまだ廻って来ないまでも勃々とした雄心は制えきれないという風で、快く留守中のことを引受けたばかりでなく、外国の旅にはひどく賛成の意を表してくれた。
兄は出て行った。岸本は節子を呼んで、兄の話を彼女に伝え、不安な彼女の心にいくらかの安心を与えようとした。
「でも、お前のことを頼むとは、いかに厚顔しくも言出せなかった――どうしても俺には言出せなかった」
と岸本は嘆息して言った。
「もしお前のお母さんが国から出ていらしったら、さぞびっくりなさるだろう」
と復た彼は附添した。
弟の外遊を悦んでくれた義雄の顔は岸本の眼についていた。自己の不徳を白状することを後廻しにして、留守中の子供の世話を引受けて貰ったでは、欺くつもりもなく兄を欺いたにも等しかった。岸本はこの旅の思立ちが、いかに兄を欺き、友を欺き、世をも欺く悲しき虚偽の行いであるかを思わずにいられなかった。そして一書生の旅に過ぎない自分の洋行というようなことが大袈裟に成れば成るだけ、余計にその虚偽を増すようにも思い苦しんだ。