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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

どうかするとその瞳は微笑んでいることもあった。そして彼女の顔にあらわれる暗い影と一緒に成って動いていた。

「妙なものですねえ」

節子はこうした短い言葉で、彼女の内部に起って来る激しい動揺を叔父に言って見せようとすることもあった。しかし岸本は不幸な姪の憎みからも、微笑からも、責められた。その憎みも微笑も彼を責めることに於いては殆んど変りがなかったのである。

温暖い雨が通過ぎた。その雨が来て一切のものを濡らす音は、七年住慣れた屋根の下を離れ行く日の次第に近づくことを岸本に思わせた。早くこの家を畳まねば成らぬ。新しい家の方に節子を隠さねば成らぬ。それらの用事が実に数限りも無く集って来ている中で、一方には岸本は日頃親しい人達にそれとなく別離を告げて行きたいと思った。出来るだけ手紙も書きたいと思った。岸本はある劇場へと車を急がせた。彼はいそがしい自分の身の中から僅の時を見つけて、せめてその時を芝居小屋の桟敷の中に送って行こうとした。ある近代劇の試演から岸本の知るように成った二三の俳優がその舞台に上る時であった。前後に関係の無い旧い芝居の一幕が開けた。人形のように白く塗った男の子役の顔が岸本の眼に映った。