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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
母は別室に居て父の看護を怠らなかったばかりでなく、日頃父のことを「お師匠様」と呼ぶ村の人達まで昼夜交代で詰めていたということである。
嫂の話は父が座敷牢で暮した頃の細目を伝えたが、鈴木の姉はまた父の感情を伝えた。姉は最早家出をした夫と別れ住む頃であった。郷里から一寸出て来て、東京浅草の方にあった岸本の家の二階でその話を弟にした。どうかすると父は座敷牢でも物を書きたいと言って、硯や筆を取寄せ、「熊」という字を大きく一ぱいに紙に書いて人に見せたことも有った。そして自ら嘲るように笑って、終にはもう腹を抱えて転げるほど笑ったかと思うと、悲しげな涙がその後からさめざめと流れた。「きり/″\す啼くや霜夜のさむしろに衣かたしき独りかも寝む」――父はこの古歌を幾度となく口吟んで見て、自分で自分の声に聞入るようにして、暗い座敷牢の格子につかまりながら慟哭したという。「慨世憂国の士をもって発狂の人となす、豈に悲しからずや」とは父がその木小屋に遺した絶筆であったという。父は最後に脚気衝心でこの世を去った。
百十八
それから鈴木の姉の上京後、まだ園子の達者でいた時分、岸本は父の墓を建てるために一度帰省したこともある。