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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

三十九

姑息の愛に生命は無い」

折に触れて節子が書きつけたらしい紙のはじには、誰に見せるためでもない女らしい感想めいたきれぎれの言葉が彼女の閉塞がったような小さな胸から滲出して来ていた。

「どんなに僅かでも『主我』のこころのまじった忠告には、人を動かす力はない」

岸本は微笑みながら節子が書いたものを読みつづけた。丁度吃った人の口から泄れる言葉のようにポツリポツリと物が言ってあったからで。

「すべて、徹底を願うことは、それにともなう苦痛も多い。しかしそれによって与えられる快感は何ものにも見出すことが出来ない……自分の眼に見、耳にきき、自分の足で歩まなければ成らぬ」

三十九

まだその他に節子が読んで見てくれと言って置いて行ったものの中には、岸本の帰りの旅を待受ける頃の彼女の心持を書いたものがあり、彼女が産後の乳腫で切開の手術を受けるためにある小さな病院に居たという頃のことを日記風に書いたものもあった。いずれも尖りすぎるほど尖った神経と狭い女の胸とを示したようなもので、読んで見る岸本には余り好い気持はしなかった。

「ほんとに、愛したことも愛されたことも無いような不幸な人だ」