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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

それを節子の袖の下へしのばせた。

意外にも、この小さな贈物は節子の眼から留めどの無いような涙を誘い出した。彼女の呑もうとする啜泣の声は、どうかすると祖母さんや久米や女中にまでも聞えそうに成って来た。

「節ちゃんはどうしたんだねえ」

終には岸本は荒々しく言って、ややもすれば家のものに聞えそうな節子の涙からその場を救おうとした。節子はもう座にも堪えられないという風であった。彼女は部屋の隅の方へ立って行って、自分の袖で自分の声を抑えるようにしながら、忍び泣きに泣いた。

その翌朝節子が人形を風呂敷包の中に潜ませて谷中の方へ帰って行く時に成っても、まだ岸本は自分の悪い洒落を彼女の涙に結び着けて見る暇がなかった。節子は谷中の家の二階の例の三畳で書いたらしい手紙を岸本のところへ送ってよこした。昨日は折角くれたものをあんなことに成って、定めし本意なく思ったであろう、と書いてよこした。自分の位置を考えるにつけてもこの節は余計に思出される、自分は愛姉さんや輝姉さんをちっとも羨ましいとは思わないが、しかしこればかりは、と書いてよこした。あの無邪気な人形の顔を見たら急に悲しく成って来た、何も知らないあんな幼いものが泣いて別れて行った時のことを思出した、と書いてよこした。