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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

百二十六

彼女のことがしきりに気に掛っている時で、岸本はその手紙をひぐらしの鳴声の深くすずしく聞えて来るような自分の部屋の障子の側で読んで見た。いつでもそういう時があったら、ほんとに手紙らしい手紙を書いているといったような好ましい心持で書いた手紙を差上げるために、今の自分が支度をしていると思い出して頂きたい、と彼女は書いてよこした。こうしてお目にも掛れないように成ったら、さぞ自分が鬱ぎ込むとでも父は思っていたのであろう、それなのに自分が一生懸命で勉強しているので父は案外なような顔付で随分いろいろなことを言うと書いてよこした。でも余りにいろいろなことを言われると、少しでも眼前の煩わしさから離れたいと思うから、余計に読みたいと思う書籍も読めると書いてよこした。

めずらしく彼女は幼少い時分の追憶などをその手紙の中に書きこんでよこした。自分は随分貧しく育てられたが、しかしこうして置けば可かったと後で悔むようなことは何事も無かったから、家庭の貧しさもさほどに苦にもしなかったと書いてよこした。自分は他の子供のようにお銭を持って行って少しずつ菓子などを買うものでは無いと思い込んでいたが、田舎で生煎餅というあの三角な菓子などを売りに来て、他の子供が皆それを持っていると、どうかすると自分も欲しくなったと書いてよこした。