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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

二十六

読んで行くうちに、年若な自分がそこへあらわれた。何かしら胸を騒がせることがあると、直ぐ頬が熱くなって来るような、まだ無垢で初心な自分がそこへあらわれた。何か遠い先の方に自分等を待受けていてくれるものがあるような心持でもって歩き出したばかりの頃の自分がそこへあらわれた。岸本は自分の少年の姿を自分で見る思いをした。

二十六

「どうも仕方が無い。最早これまでだ」

岸本は独りでそれを言って見た。人から責められるまでもなく、彼は自分から責めようとした。世の中から葬られるまでもなく、自分から葬ろうとした。二十年前、岸本は一度国府津附近の海岸へ行って立ったことがある。暗い相模灘の波は彼の足に触れるほど近く押寄せて来たことがある。彼もまだ極若いさかりの年頃であった。止み難い精神の動揺から、一年ばかりも流浪を続けた揚句、彼の旅する道はその海岸の波打際へ行って尽きてしまった。その時の彼は一日食わず飲まずであった。一銭の路用も有たなかった。身には法衣に似て法衣でないようなものを着ていた。それに、尻端折、脚絆、草鞋穿という異様な姿をしていた。頭は坊主に剃っていた。その時の心の経験の記憶が復た実際に岸本の身に還って来た。