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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

八

医師は、注射の反応を待ちながらも、二三度人工呼吸を試みた、が、勝平の身体は、刻一刻、人間特有の温みと生気とを失いつゝあった。その巨きい顔に、死相がアリ/\と刻まれていた。

「お気の毒ですが、もう何とも仕方がありません。」

医師は、死に対する人間の無力を現すように、悄然と最後の宣告を下した。

八

戦は終った。不意に突然に意外に、敵は今彼女の眼前に、何の力もなく何の意地もなく土塊の如くに横わっている。

彼女は見事に勝った。勝ったのに違いなかった。傲岸な、金の力に依って、人間の道を蔑しようとした相手は倒れている。そうだ! 勝利は明かだ。

が、勝平の死顔をじっと見詰めている時に、彼女の心に湧いて来たものは、勝の欣びではなくしてむしろ勝の悲しみだった。勝利の悲哀だった。確に勝っている。が、勝平の肉体に勝った如く、彼の精神にも勝ち得ただろうか。勝平は、その瀕死の刹那に於て、精神的にも瑠璃子に破られていただろうか。

否! 否! 瑠璃子自身の良心が、それを否定している。愈々、死が迫って来た時の勝平の心は、彼の一生の凡ての罪悪を償い得るほどに、美しく輝いていたではないか。