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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
五
「それでは、お委せいたしますから、何うかよろしくお願いいたします。」
そう引き退るより外はなかった。
「確にお引き受けいたしましたわ。貴方さまのお名前は、その方にも申上げて置きますわ。屹度、その方も感謝なさるだろうと存じますわ。」
そう云いながら、夫人はその血の附いた時計を、懐から出した白い絹のハンカチーフに包んだ。
信一郎は、時計が案外容易に片づいたことが、嬉しいような、同時に呆気ないような気持がした。少年が紅茶を運んで来たのを合図のように立ち上った。
信一郎が、勧められるのを振切って、将に玄関を出ようとしたときだった。夫人は、何かを思い付いたように云った。
「あ、一寸お待ち下さいまし。差上げるものがございますのよ。」と、呼び止めた。
五
信一郎が、暇を告げたときには何とも引き止めなかった夫人が、玄関のところで、急に後から呼び止めたので、信一郎は一寸意外に思いながら、振り顧った。
「つまらないものでございますけれども、之をお持ち下さいまし。」
そう云いながら、夫人は何時の間に、手にしていたのだろう、プログラムらしいものを、信一郎に呉れた。一寸開いて見ると、それは夫人の属するある貴婦人の団体で、催される慈善音楽会の入場券とプログラムであった。