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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

三

妾、皆さんがお帰りになった後で、貴君と丈で、ゆっくりお話していたかったの。秋山さんと云う方は、本当にあまんじゃくよ。反対のために反対していらっしゃるのですもの。それをまた、みんなが迎合するのだから、厭になってしまいますわね。客間にいらっしゃるのがお厭なら、図書室の方へ、御案内いたしますわ。あなたのお好きな『紅葉全集』でも、お読みになって、待っていらっしゃいませ。妾、もう三十分もすれば、何とか口実を見付けて、皆さんに帰っていたゞきますわ。ほんの少しの間、待っていて下さらない?」

三

『ほんの少し待っていて下さらない?』と、云う夫人の言葉を聴くと、『汝妖婦よ!』と、心の中で叫んでいた信一郎の決心も、またグラ/\と揺ごうとした。

が、彼は揺ごうとする自分の心を、辛うじて、最後の所で、グッと引き止めることが出来た。お前はもう既に、夫人の蜜のような言葉に乗ぜられて、散々な目にあったではないか。再びお前は、夫人から何を求めようとしているのだ。お前が夫人の言葉を信ずれば、信ずるほど、夫人のお前に与うるものは、幻滅と侮辱との外には、何もないのだ。男性の威厳を思え! 今日夫人から受けた幻滅と侮辱とは、まだ夫人に対するお前の幻覚を破るのに足りなかったのか。