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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

面罵

一

平素は、何の隔てもない妻の顔が、眩しいもののように、真面から見ることが出来なかった。

が、静子の顔は、平素と寸分違わぬように穏かだった。春のように穏かだった。夫の不信を咎めているような顔色は、少しも浮んでいなかった。見知らぬ女性から、夫へ突然舞い込んで来た手紙を、疑っているような容子は、少しも見えなかった。夫の帰宅を、いそ/\と出迎えている平素の優しい静子だった。

信一郎は、妻の神々しい迄に、慎しやかな容子を見ると、却って心が咎められた。これほどまでに自分を信じ切っている妻を欺いて、他の女性に、好奇心を、懐いたことを、後悔し心の中で懺悔した。

妻が差出した夫人の手紙が、悪魔からの呪符か何かのように、厭わしく感ぜられた。もし、人が見ていなかったら、それを、封も切らないで、寸断することも出来た。が、妻が見て居る以上、そうすることは却って彼女に疑惑を起させる所以だった。信一郎は、おず/\と封を開いた。

手紙と共に封じ込められたらしい、高貴な香水の匂が、信一郎の鼻を魅するように襲った。が、もうそんなことに依って、魅惑せらるゝ信一郎ではなかった。

彼は敵からの手紙を見るように警戒と憎悪とで、あわたゞしく貪るように読んだ。