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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

三

軽便鉄道の駅までは、迎えに来ているかも知れない。いや、静子は、そんなことに気の利く女じゃない。あれは、おとなしく慎しく待っている女だ、屹度、あの湯の新築の二階の欄干にもたれて、藤木川に懸っている木橋をじっと見詰めているに違いない。そして、馬車や自動車が、あの橋板をとゞろかす毎に、静子も自分が来たのではないかと、彼女の小さい胸を轟かしているに違いない。

信一郎の、こうした愛妻を中心とした、いろ/\な想像は、重く垂下がった夕方の雲を劈くような、鋭い汽笛の声で破られた。窓から首を出して見ると、一帯の松林の樹の間から、国府津に特有な、あの凄味を帯びた真蒼な海が、暮れ方の光を暗く照り返していた。

秋の末か何かのように、見渡すかぎり、陸や海は、蕭条たる色を帯びていた。が、信一郎は国府津だと知ると、蘇ったように、座席を蹴って立ち上った。

三

汽車がプラットホームに、横付けになると、多くもなかった乗客は、我先きにと降りてしまった。此の駅が止まりである列車は、見る/\裡に、洗われたように、虚しくなってしまった。

が、停車場は少しも混雑しなかった。五十人ばかりの乗客が、改札口のところで、暫らく斑にたゆたった丈であった。