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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
七
いかにも、自動車の爆音にもまぎれない轟々と云う響が、山と海とに反響して、段々近づいて来るのであった。
七
轟々ととゞろく軽便鉄道の汽車の音は、段々近づいて来た。自動車が、ある山鼻を廻ると、眼の前にもう真黒な車体が、見えていた。絶えず吐く黒い煙と、喘いでいるような恰好とは、何かのろ臭い生き物のような感じを、見る人に与えた。信一郎の乗っている自動車の運転手は、此の時代遅れの交通機関を見ると、丁度お伽噺の中で、亀に対した兎のように、いかにも相手を馬鹿にし切ったような態度を示した。彼は擦れ違うために、少しでも速力を加減することを、肯んじなかった。彼は速力を少しも緩めないで、軽便の軌道と、右側の崖壁の間とを、すばやく通り抜けようと、ハンドルを廻しかけたが、それは、彼として、明かな違算であった。其処は道幅が、殊更狭くなっているために、軽便の軌道は、山の崖近く敷かれてあって、軌道と岩壁との間には、車体を容れる間隔は存在していないのだった。運転手が、此の事に気が付いた時、汽車は三間と離れない間近に迫っていた。
「馬鹿! 危い! 気を付けろ!」と、汽車の機関士の烈しい罵声が、狼狽した運転手の耳朶を打った。