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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
四
「茲にいらっしたのですか。妾も、散歩にお伴いたしますわ。母は、帰りそうにもありませんですから。」
彼女は、低い小さい声で、途切れ/\に言った。青年は、駭いて彼女を振り返った。投げた礫が忘れた頃に激しい水音を立てたように、青年は自分の一寸した勧誘が、少女の心を、こんなに動かしていることに、駭いた。が、それは決して不快な駭きではなかった。
「じゃ、お伴しましょうか。」
そう言いながら、青年は歩き初めた。美奈子は二三尺も間隔を置きながら従った。夢のような幸福な感じが、彼女の胸に充ち満ちて、踏む足も地に付かないように思った。
四
初め、連れ立ってから、半町ばかりの間、二人とも一言も、口を利かなかった。初めて、若い男性、しかも心の奥深く想っている若い男性とたゞ二人、歩いている美奈子の心には、散歩をしていると云ったような、のんきな心持は少しもなかった。胸が絶えず、わく/\して、息は抑えても/\弾むのであった。
青年も、黙っていた。たゞ、黙ってグン/\歩いていた。二人は、散歩とは思われないほどの早さで、歩いていた。何処へ行くと云う当もなしに。
早川の谿谷の底遥かに、岩に激している水は、夕闇を透してほのじろく見えていた。