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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
七
瑠璃子は、客を送り出すため、急いで玄関へ出て行った。
見ると父は、兄の家出を見送った時以上に、蒼い苦り切った顔をしていた。杉野子爵はと見ると、その如才のないニコニコした顔に、微笑の影も見せず、周章として追われるように玄関に出て、ロクロク挨拶もしないで、車上の人となると、運転手を促し立てゝ、あわたゞしく去ってしまった。
父は、自動車の後影を憎悪と軽蔑との交った眼付で、しばらくの間見詰めていた。
「お父様どうか遊ばしたのですか。」瑠璃子は、おそる/\父に訊いた。
「馬鹿な奴だ。華族の面汚しだ。」父は唾でも吐きかけるように罵った。
七
杉野子爵に対する、父の燃ゆるような憎悪の声を聞くと、瑠璃子は自分の事のように、オドオドしてしまった。胸の中に、ひそかに懐いていた子供らしい想像は、跡形もなく踏み躙られていた。踏んでいた床が、崩れ落ちて、其儘底知れぬ深い淵へ、落ち込んで行くような、暗い頼りない心持がした。之迄でさえ、父と父との感情に、暗い翳のあることは、恋する二人の心を、どんなに傷しめたか分らない。それだのに、今日はその暗い翳が、明らさまに火を放って、爆発を来したらしいのである。