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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
七
瞬間的な沈黙が、二人を支配した。自動車は御成街道の電車の右側の坦々たる道を、速力を加えて疾駆していた。万世橋迄は、もう三町もなかった。
信一郎は、もっとピッタリするような話がしたかった。
「仏蘭西文学は、お好きじゃございませんか。」
信一郎は、夫人の顔を窺うように訊いた。
「あのう――好きでございますの。」
そう云ったとき、夫人の曇っていた表情が、華やかな微笑で、拭い取られていた。
「大好きでございますの。」
夫人は、再び強く肯定した。
七
「仏蘭西文学が大好きですの。」と、夫人が答えた時、信一郎は其処に夫人に親しみ近づいて行ける会話の範囲が、急に開けたように思った。文学の話、芸術の話ほど、人間を本当に親しませる話はない。同じ文学なり、同じ作家なりを、両方で愛していると云うことは、ある未知の二人を可なり親しみ近づける事だ。
信一郎は、初めて夫人と交すべき会話の題目が見付かったように欣びながら、勢よく訊き続けた。
「やはり近代のものをお好きですか、モウパッサンとかフローベルなどとか。」
「はい、近代のものとか、古典とか申し上げるほど、沢山はよんでおりませんの。