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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

三

その時だった。瑠璃子の背後の雨戸と硝子戸とが、バタ/\と音を立てゝ外れると、恐ろしい一陣の風が、サッと室の中へ吹き込んだ。

洋燈は忽ちに消えてしまった。が、灯の消える刹那だった。風と共に飛び込んで来た一個の黒影が今瑠璃子に飛びかゝろうとする勝平に、横合からどうと組み付くのが、灯の消ゆるたゆたいの瞬間に瞥見された。

三

硝子戸の外れるのと共に、室の中へ吹き入った風と雨とは、忽ちに、二十畳に近い大広間に渦巻いた。床の間の掛軸が、バラ/\と吹き捲られて、跳ね落ちると、ガタ/\と烈しい音がして、鴨居の額が落ちる、六曲の金屏風が吹き倒される。一旦吹き込んだ風は逃れ口がないために、室内の闇を縦横に馳け廻って、何時までも何時までも狂奔した。

而も、此の風雨の暴れ狂う漆黒の闇の中に、勝平は飛び込んだ黒影と、必死の格闘を続けていたのだ。

「貴様は誰だ! 誰だ!」

不意の襲撃に驚いたらしく勝平は、狼狽して怒号した。が、相手は黙々として返事をしなかった。

肉と肉とが、相搏つ音が、風雨の音にも紛れず、凄じい音を立てた。身体と身体とが、打ち合う音、筋肉と筋肉とが、軋み合う音、それは風雨の争いにも、負けないほどに恐ろしかった。