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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

魅惑

一

魅惑

一

奇禍のために死んだ青年の手記を見た後も、美しき瑠璃子夫人は、尚信一郎の心に、一つの謎として止まっていた。手記に依れば、青年を飜弄し、彼をして、形は奇禍であるが、心持の上では、自殺を遂げしめた彼女なる女性が、瑠璃子夫人であるようにも思われた。が、夫人その人は、信一郎の目前で、青年の最後の怨みが籠っている筈の、時計の持主であることを否定していた。

信一郎は、夫人の白いしなやかな手で、軽く五里霧中の裡へ、突き放されたように思った。血腥い青木淳の死と、美しい夫人とを、不思議な糸が、結び付けて、その周囲を、神秘な霧が幾重にも閉ざしている。その霧の中に、チラ/\と時折、瞥見するものは、半面紫色になった青年の死顔と、艶然たる微笑を含んだ夫人の皎玉の如き美観とであった。

青年から、瀕死の声で、返すことを頼まれた時計は、――青年の怨みを籠めて、返さなければならぬ時計は、あやふやな口実のもとに、謎の夫人の手に、手軽に手渡されている。信一郎は、死んだ青年に対する責任感からも、此の謎を一通は解かねばならぬと思った。時計が、その真の持主に、青年の望んだ通の意味で、返されることの為に、出来る丈は尽さねばならぬことを感じた。