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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
二
が、あの美しい夫人が自分が尋ねて行くのを、じっと待っていて呉れるのだと思うと、電車の速力さえ平素よりは、鈍いように思われた。
夫人と会ってからの、談話の題目などが、頭の中に次から次へと、浮んで来た。文芸や思想の話に就ても、今日はもっと、自分の考えも話して見よう。自分の平生の造詣を、十分披瀝して見よう。信一郎はそう考えながら、夫人のそれに対する溌剌たる受答や表情を絶えず頭の中に描き出しながら何時の間にか五番町の宏壮な夫人の邸宅の前に立っている自分を見出した。
お濠の堤の青草や、向う側の堤の松や、大使館前の葉桜の林などには、十日ほど前に来たときなどよりも、もっと激しい夏の色が動いていた。
十日ほど前には、可なりビク/\と潜った花崗石らしい大石門を、今日は可なり自信に充ちた歩調で潜ることが出来た。
楓を植え込んである馬車廻しの中に、たゞ一本の百日紅が、もう可なり強い日光の中に、赤く咲き乱れているのが目に付いた。
遉に、大理石の柱が、並んでいる車寄せに立ったとき、胸があやしく動揺するのを感じた。が、夫人が別れ際に、再び繰り返して、
「本当にお暇なとき、何時でもいらしって下さい。