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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

四

夜の静かなる闇には、彼等の話声を妨げる少しの物音もなかったのである。

四

夜は静だった。母と青年との話声は、二間ばかり隔っていたけれども、手に取るごとく美奈子の耳――その話声を、毒のように嫌っている美奈子の耳に、ハッキリと聞えて来た。

「稔さん! 一体何なの? 改まって、話したいことがあるなんて、妾をわざ/\こんな暗い処へ連れて来て?」

そう言っている母の言葉や、アクセントは、平生の母とは思えないほど、下卑ていて娼婦か何かのように艶かしかった。而も、美奈子のいるところでは、一度も呼んだことのない青年の名を、馴々しく呼んでいるのだった。こうした母の言葉を聞いたとき、美奈子の心は、止めの一太刀を受けたと云ってもよかった。今まで、あんなに信頼していた母にまで裏切られた寂しさと不快とが、彼女の心を滅茶々々に引き裂いた。

瑠璃子に、そう言われても、青年は却々話し出そうとはしなかった。沈黙が、二三分間彼等の間に在った。

母は、もどかしげに青年を促した。

「早く、おっしゃいよ! 何をそんなに考えていらっしゃるの。早く帰らないといけませんわ。美奈子が、淋しがっているのですもの。