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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
六
彼は顔には現さなかったが、心の裡では、可なり狼狽した。荘田が、早く気を利かして、小切手帳をしまって呉れればいゝ、呉れるものは、早く呉れて、早く蔵って呉れゝばいゝと、虫のいゝことを、考えていたけれど、荘田は妙に興奮してしまって、小切手帳のことなどは、念頭にもないようだった。マザ/\と見えている壱万円也と云う金額が、杉野や木下等の罪悪を、歴々と語っているように、子爵には心苦しかった。
「一体、私の倅は何だって、貴方をお尋ねするのです。前から御存じなのですか。何の用事があるのでしょう。」杉野子爵は、堪らなくなって訊いた。
「いや、今に直ぐ判ります。やっぱり、今度の私の結婚に就てです。が、媒介の手数料を貰いに来るのでないことは、確ですよ。はゝゝゝゝ。」
と、荘田は腹を抱えるように哄笑した。その哄笑が終らない中に、彼の背後の扉が、静かに開かれて、その男性的な顔を、蒼白に緊張させている、杉野直也が姿を現した。
六
直也の姿を見ると、荘田の哄笑が、ピタリと中断した。相手の決死の形相が、傲岸な荘田の心にも鋭い刃物に触れたような、気味悪い感じを与えたのに違なかった。が、彼はさり気なく、鷹揚に、徹頭徹尾勝利者であると云う自信で云った。