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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
二
と云ったまゝ、午後四時から、夜の十時頃まで、カタと云う物音一つさせなかった。
十時が来ると、寝室へ移るのが、例だった。瑠璃子は、十時が鳴ると父の部屋へ上って行った。そして、オズ/\扉を開けながら云った。
「もう、十時でございます。お休み遊ばしませ。」黙然としていた父は、手を拱いたまゝ、振向きもしないで答えた。
「俺は、もう少し起きているから、瑠璃さんは先きへお寝なさい!」
そう云われると、瑠璃子は、愈不安になって来た。寝室へ退くことなどは愚か、父の部屋を遠く離れることさえが、心配で堪らなくなって来た。瑠璃子は、階段を中途まで降りかけたが、烈しい胸騒ぎがして、何うしても足が、進まなかった。彼女は、足音を忍ばせながら、そっと、引き返した。彼女は、灯もない廊下の壁に、寄り添いながら立っていた。父が、寝室へ入るまでは、何うにも父の傍を離れられないように思った。
二
二十分経ち三十分経っても、父は寝室へ行くような様子を見せなかった。そればかりではなく、部屋の中からは、身動きをするような物音一つ聞えて来なかった。瑠璃子も、息を凝しながら、ずっとほの暗い廊下の暗に立っていた。