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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
返すべき時計
一
彼はやっと身を起した。頭から胸のあたりを、ボンヤリ撫で廻わした彼は自分が少しも、傷付いていないのを知ると、まだフラ/\する眼を定めて、自分の横にいる筈の、青年の姿を見ようとした。
青年の身体は、直ぐ其処にあった。が、彼の上半身は、半分開かれた扉から、外へはみ出しているのであった。
「もし/\、君! 君!」と、信一郎は青年を車内に引き入れようとした。その時に、彼は異様な苦悶の声を耳にしたのである。信一郎は水を浴びたように、ゾッとした。
「君! 君!」彼は、必死に呼んだ。が、青年は何とも答えなかった。たゞ、人の心を掻きむしるような低いうめき声が続いている丈であった。
信一郎は、懸命の力で、青年を車内に抱き入れた。見ると、彼の美しい顔の半面は、薄気味の悪い紫赤色を呈している。それよりも、信一郎の心を、脅やかしたものは、唇の右の端から、顎にかけて流れる一筋の血であった。而もその血は、唇から出る血とは違って、内臓から迸ったに違いない赤黒い血であった。
返すべき時計
一
信一郎が、青年の身体をやっと車内に引き入れたとき、運転手席から路上へ、投げ出されていた運転手は、漸く身を起した。