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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

約束の夜に

一

事理の徹った退引ならぬ青年の問に、母が何と答えるか、美奈子は胸を顫わしながら待っていた。

母は、暫らく返事をしなかった。夜は、もう十時に近かった。やゝ欠けた月が、箱根の山々に、青白い夢のような光を落していた。

約束の夜に

一

「そのお返事は、出来ないことはないと思うのです。否か応か、孰らかの返事をして下さればいゝのです。貴女が、今まで僕に示して下さったいろ/\な愛の表情に、たゞ裏書をさえして下さればいゝのです。貴女の将来のお心を訊いているのではないのです。現在の、貴女のお心を訊いているのです。現在の、貴女自身のお心が、貴女に分らない筈はないと思うのです。たゞ、現在の貴女のお心をハッキリお返事して下さればいゝのです。将来、結婚と云う問題が貴女のお考えの裡に起ったときには、僕を夫として選ぼうと現在思っているかどうかを訊かしていたゞきたいのです。」

青年の問には、ハッキリとした条理が立っていた。詭弁を弄しがちな瑠璃子にも、もう云い逃れる術は、ないように見えた。

「妾、貴君を愛していることは愛しているわ。妾が、此間中から云っていることは、決して嘘ではないわ。が、貴君を愛していると云うことは、必ずしも貴君と結婚したいと云うことを意味していないわ。